向こうに見える巨大なビルのすき間を、太陽が落ちていく。ビルは鮮やかなオレンジ色に染まり、とてつもなく巨大な影を生む。ビジネスの時間が終わる。家路につくもの。食事に出かけるもの。夜を楽しむもの。それぞれがうごめきだす。満月のように成熟した街、フルシティがはじまる。
16時45分。きまってこの時間にオジーはアパートを出る。手にはサクソフォンの箱がひとつ。ずいぶんと古い。黒い革張りのしつらえが鈍い光を放つ。家々の白い壁が美しい、どこかの港町の写真が貼付けられているのが印象的だ。いつも彼が演奏するジャズクラブまで歩いて15分。オジーは、フルシティの表情を、匂いを、味を楽しむかのように、ゆっくりと歩く。途中で花を買うのが彼の日課だ。演奏しているとき、ピアニストの奏でるグランドピアノの上にはいつもオジーの花が一輪飾られる。
17時きっかりに、オジーはクラブのトビラをあける。前日までの、タバコの匂い、香水の匂い、酒の香りが鼻孔をくすぐる。その中に、くっきりと芳醇な香りがただよってくる。ここでは、いつでも客が入る前にコーヒーを入れるのだ。オーナーは「前日までの匂いを洗い落とすのにはコーヒーの香りが一番さ」と言う。オジーはこのコーヒーが好きだった。奥からオーナーが顔を出す。手にはコーヒーカップがふたつ。
そして、至福のひとときが訪れる。
フルシティローストは黄昏時にぴったりのコーヒー。芳醇な香りと苦みが引き立つコクのある味わいが、身体にすっとしみ込んでいきます。もうひと仕事する前にフルシティローストを。